よもやま話

郷土松阪と柔道の歴史 その(7)              

松阪商人竹川彦左衛門と天神真楊流

先の『嘉永子改他流試合性名控 磯道場』(10)の記録のなかに、竹内彦左衛門という人物について、以下のような記録があります。

      寺崎剛平門人
  一、勢州いさわ 竹内彦左衛門
    嘉永五子年十一月廿九日家元入門

 「勢州いさわ」は伊勢国飯野郡射和村(現、松阪市射和町)のことであり、「竹内彦左衛門」とあるのは「竹川彦左衛門」の誤りです。
この彦左衛門の師である寺崎剛平は、天神真楊流磯又右衛門正足の高足のひとりです。同史料の附記「当流稽古場持居候覚」、つまり天神真楊流支部道場の道場主名簿には、「免許師範 浪人修行 寺崎剛平」とあります。嘉永5年(1852)11月29日に「家元入門」とある家元とは磯家のことであり、寺崎剛平の弟子でありながら、宗家磯家にも入門したのです。同史料は他流試合の記録簿ですから、この記事は特異なものと言えます。そこに竹川彦左衛門の入門が、磯家にとって重要であったたことを窺わせるのです。
では竹川彦左衛門とはいかなる人物なのか。実はここに登場する竹川彦左衛門は松阪商人、さらに詳しく言えば射和商人の竹川彦左衛門政孝のことなのです。
江戸初期のはやり言葉に、「江戸名物、伊勢屋、稲荷に犬の糞」という言葉があります。江戸の町に多いものを列挙した諺です。江戸の町を歩いていると、この三つがやたらと目についたというのです。「伊勢屋」というのは、伊勢(三重県)出身の商家のことで、なかでも松阪居住の商人が多く、江戸に呉服店「越後屋」を開いた三井家のほかに、長谷川家、小津家がその代表です。そのほかに、松阪郊外の射和町に居を構えた竹川家も豪商として知られました。
竹川家は江戸に両替店、呉服店、木綿問屋、酒問屋、荒物問屋、紙店、醤油店を営んだ商家です。ほかに大坂、京都にも店舗がありました。
竹川家の人物としては、勝海舟や小栗忠順、大久保忠寛(一翁)とも交友があり、殖産興業に尽くしたり、射和文庫を建てて郷里の教育にも尽力した竹川竹斎政胖(まさやす)(1809~1882)の名が知られていますが、竹川竹斎は分家筋の東竹川家6代政信の長男なのです。竹川本家には東竹川家のほかに新宅家(彦兵衛家)という分家があり、共に本家を支えました。
そして同史料に名が残る竹川彦左衛門とは、本家竹川13代竹川彦左衛門政孝なのです。政孝は文政2年(1819)政寿の嫡男に生まれ、天保5年頃元服して彦之助を称しています。本家嫡男として将来を期待されていたのでしょうが、25歳になった天保14年(1843)、彦之助政孝は廃嫡となっています。廃嫡後は一時、浅井慎平を名乗っていましたが、弘化2年(1845)、竹山家の名跡を再興して竹山彦之助と称します。そして嘉永3年(1850)、竹山彦之助は32歳で復姓し、竹川彦左衛門を称しました。
ところが嘉永6年(1853)、竹川彦左衛門は再度廃嫡となり、竹山彦之助に復しています。本家竹川家は、政孝に代わり12代竹川政寿の次男政直が彦左衛門を称しました。
ただし政孝の更正を望まぬ親族はいなかったのでしょう。安政3年(1856)、竹山彦之輔は再び竹川姓に復し、竹川彦太郎を称して領主である鳥羽藩稲垣家の御用方を勤めています(12)。万延元年(1860)、本家14代竹川彦左衛門政直(政孝の弟)が38歳で亡くなると、政孝の実子政寛が14歳で本家15代竹川の家督を相続し、彦左衛門を称しました。
竹川彦左衛門政孝は、かくの如く二度も廃嫡されているのですが、その原因の一端に、家業を怠り天神真楊流柔術を修行したことがあったのかも知れません。ただし、それだけが原因とは思えません。なぜなら、東竹川家6代竹川政信(文政13年没65歳)は、柳剛流の流祖岡田惣右衛門奇良を招いて剣術を修行し、屋敷に道場まで設けています。竹川家に伝わる大慶直胤作の薙刀について同家宝物帳には、「直胤作、先考政信柳剛流用具、竹川政信遺物」とあります。また政信の嫡男竹川政胖も、天保2年(1831)には川瀬十郎左衛門に就いて剣術を熱心に修行し、矢野守介からは神足流歩術の奥伝を取得して、その術を津藩にも伝えています。
江戸時代後期には、秋山要助、岡田十松、浅利又七郎、近藤勇、土方歳三など武術家となる豪農出身者が数多く出ますが、竹川家のように江戸・京阪を行き来する商人のなかにも、護身の必要性から武術を学ぶ人達がいたのです。

(2017年11月29日 村林筆記)

〔引用文献〕
(10)『嘉永(五)子年改 他流試合性名控 磯道場』⇒渡邊一郎先生を偲ぶ会編『近世武術史研究資料集』筑波大学武道論研究室、2012
(12)『竹斎日記 稿Ⅶ』浅井政弘・上野利三編、松阪大学地域社会研究所報、1996年1月、120頁
〔参考文献〕
・『竹斎日記』(Ⅰ~Ⅺ)浅井壽・上野利三編、松阪大学地域社会研究所報、1991~1998
・『射和文化史』山崎宇治彦・北野重夫、1956
・『射和文庫蔵書目録』1981
・『竹川竹斎』松阪市文化財保護委員会・竹川竹斎刊行委員会編、1981

郷土松阪と柔道の歴史

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